3月17日
St. Patricks Dayのこの日、ビリー・コーガンはブルース・ミュージシャンである父親Bill Corgan(ビル・コーガン)とスチュワーデスだったMartha Corgan(マーサ・コーガン)の第一子としてイリノイ州・シカゴに産まれる。





●1968〜1975年
両親が離婚。
ビリーは父親と弟・リッキーと暮らすことになる。

父親がペニー・アンデルセンという女性と再婚する。
 
●1976年(ビリー:9歳)
父親と再婚相手・ペニーの間に、弟、ジェシーが産まれる。
(彼は産まれつき障害を持っていた)

●1978年(ビリー:11歳)
父親がペニーと離婚する。
ビリーは弟、リッキー・9歳、ジェシー・2歳と共に
ペニ−の元で暮らすことになる。

●1981年(ビリー:14歳)
この頃からギターを弾き始めるようになる。

●1985年(ビリー:18歳)
高校を卒業。『Hexen』というバンドをつくる。




ビリー19歳頃


『the Marked』というバンドを結成。
当時、シカゴには沢山ゴス・メタルバンドが存在したこともあって家を出て、フロリダに移るが、成功することができず、結局解散。シカゴに戻って父親と暮らすことになった。




ビリー20歳頃


     
 

別なバンドで活躍していた日系3世のジェイムス・イハ(当時20歳)に出会い、活動を共にする。数週間後、突然ジェイムスが失踪してしまうが、それから2カ月後たったある日ジェイムスから連絡が入り、再び2人はバンド活動をはじめることとなる。こうして『Smashing Pumpkins』が形成された。the MarkedのメンバーでもあったRonとともにデモテープを制作し、レコード会社に送るなどして本格的に活動しはじめる。

 
     

当時はビリーがベース、ジェイムスがギターを担当、ドラムは打ち込みという構成でライヴ活動をしていた。



ビリー21歳頃


     
 

当時出入りしていたクラブAvalonの外でダーシー(当時20歳)に出会う。彼女の風貌と態度を気に入ったビリーは彼女をSmashing Pumpkinsのベーシストとして迎え入れる。

 
     

8月10日
Avalon Clubで3ピースのバンドとして活動し始める。
ビリーはこのショウを見ていたJoe ShanahanMetroのオーナー)に「ドラムマシーンをやめて、ドラマーを加えたらウチのクラブでプレイさせてあげるよ」と告げられ、ドラマーを探しはじめる。


     
 

友人の紹介によりジャズバンドでプレイしていたジミー・チェンバーレンに出会う。それまでロックバンドでドラムを叩いた経験のなかったジミーは、ビリーのすざましい音楽に感動し、バンドに加わることになった。

 
     

10月5日
the Cabaret Metroにて『Smashing Pumpkins』が4人のメンバーとなって初めてショウを行う。ほんの少しの出番だったにもかかわらずショウは盛り上がり、大成功となる。ビリーは全ての曲を書き、その活動は軌道に乗っていった。



ビリー22歳頃


地元、HALO Recordsの企画アルバム『Light Into Dark』がリリースされた。秋には『Moon』と名付けられたカセットを売り出した。
9月以降は、シカゴ以外の土地でもショウを行うようになり、バンド活動ははますます活発になっていった。



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