ビリー23歳頃


5月
シカゴのインディーズレーベル「Limited Potential(リミテッド・ポテンシャル)」からデビューシングル『I AM ONE』をリリース。シングルはすぐに売り切れとなる。

12月
「Sub Pop(サブ・ポップ)」から『Tristessa』の7inchと12inchをリリース。
    
同月、ヴァージン・レコードの子会社である「Caroline」と契約をかわす。

レコード会社と契約をかわした彼等はメジャーデビューアルバムをリリースするためにプロデューサーにButch Vig(ブッチ・ヴィグ)を迎え、レコーデイングに入った。
また、このレコーデイングセッションの合間にビリーとジェイムスはthe Frogsのショウを見に行き、強い衝撃を受け、彼等と交友を持つようになった。




ビリー24歳頃


     
 

3月17日
デビューアルバム『Gish』がリリースされる。

 
     

同時期に、このアルバムのプロデューサーであるブッチ・ヴィグが手掛けたNirvanaの『Nevermind』が発売されたため、レコード会社(Caroline)はGishが30万枚売れれば十分であろうと考えたが、最終的にそれを遥かに超えた売上となった。

バージンレコードの子会社『Hut』へ契約を移す。

ビリーはアルバムの出来については非常によいと思っていたため、それに伴うツアーも同じようになるだろうと考えており、バンドはより精力的に活動していくようになった。

     
 

8月
『Siva』(ビニール黒)限定プレス盤シングルリリース。

 
     

     
 

12月
『Lull』12インチシングルリリース。

 
     




ビリー25歳頃


ベルギーのthe Tourhout/Werchter Festivalや、イギリスのthe Reading Festivalに出演するなど精力的に活動していたが、ツアーでの疲労も伴い、メンバ−たちは精神的に不安定になっていった。
当時、ビリーは重度の鬱に陥っていた。
ジミーはドラッグとアルコールに溺れるようになり、恋人関係にあったジェイムスとダーシーは破局を迎え、ツアーを続けていくことが難しくなった。

     
 


Pumpkinsが『Drown』を提供した、映画「Singles」の
サウンドトラックがリリースされる。

 
     


前作と同じButch Vigをプロデューサーに迎えセカンドアルバムのレコーディングに入る。
当時ビリーは、レコーディングに関して、曲と詞を書くだけでなく、全てのギターとベースの演奏もこなしていた。そのためアルバムの制作には非常に時間がかかったが、この地道なレコーディング作業が次第にビリーの精神を安定させていった。




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