'97年末から続く新作のレコーディングは、試行錯誤しながらも順調に進められた。正式なドラマーがいない為、バンドはMatt Cameronの他、Beckのツアードラマー・Joey WaronkeやJohn Fogertyのバンドをサポートしているベテランドラマー・Kenny Aronoffに声をかけるなどしてレコーデイングを行っていった。
4月 アドアツアーのドラマーとしてKenny Aronoffの参加が決定する。 レコーディング終了後、ビリーはニューアルバムのジャケットを手掛けたカメラマンであり、彼の恋人でもあったYelena Yemchukとカリブ海で休暇を過ごしたり、Cheap Trickとステージで共演したりと充実した日々を過ごした。 5月 ロンドンでニューシングルのプロモビデオの撮影が行われた。 また、新作リリースに先駆けてヨーロッパなど各地でフリーコンサート(シークレットショウ)を行った。ツアーには、ドラマー・Kenny Aronoffの他に、David Bowieのサポートキーボーデイストも務めたMike Garsonや、パーカッションにはTom WaitsのサポートをしていたStephen Hodges、バイオリンなどのマルチ演奏家の女性・Lisa Germanoも参加した。
6月23・24日 日本武道館にて1日だけの来日公演。チケットは即日ソールドアウトとなった。翌24日には、八王子工学院大学でシークレットライヴが行われた。 夏以降 それまでもチャリティショウを行っていた彼等だが、ビリーの弟の死がきっかけとなったのか、慈善活動がより活発になり、アメリカでチャリティツアーを行うことになる。
アルバム『Adore』は、リリース9週目にはビルボードのTOP40からランクダウン。ビリーはアルバムセールスが伸びないことに失望を感じ始めていた。しかし、このアルバムが「自分達のサウンドの進化の為に必要な物」であるという考えに変わりはなかった。 ビリーは「前作の大ヒットアルバム『メロンコリー』はまぐれ当たりだ」というバッシングに対し、アメリカでオルタネイティブロックムーブメントが終わろうとしていることを感じ、それゆえに、これまでパンプキンズの集大成となるアルバムを作ったこと、自分達が作りたかった物が明確であったことを述べた。そして、まだまだ自分の才能に見切りをつけることはしなかった。 9月半ば 15都市を巡るチャリティツアーによる収益金(チケット代)の合計が$2,686,973.59となり、これは全て寄付された。 9月24日 「Much Music Video Music Awards」のBest International Videoに"Ava Adore"のビデオクリップがノミネートされた。 10月27日 「VH1 Fashion Awards」のMost Stylish Videoに"Ava Adore"のビデオクリップがノミネートされた。(受賞はJanet Jackson) 11月13日 Adoreからのサードシングル『Crestfallen』がリリースされる予定であったが、アルバムのセールス不振が原因となり、契約のトラブルが発生し、最終的にリリ−スされないことになった。こういった状況が引き金となり、ビリーはマネージメント会社に対して「考えの相違」を感じるようになり、契約を解消、あたらしいマネージャーを探すことになる。 アルバム『Adore』のセールスは100万枚と振るわず、スマッシング・パンプキンズはビリー・コーガンのワンマンバンドだというバッシングを受けることになった。しかしながら、彼等はジミーを欠いた状態であったからこそ、新しい方向へと進まなければならなかったし、そうすることでこれまでの殻を突き破った作品を産み出すことができたのであった。 |