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バンドはマネージャー不在のまま、休暇に入っていた。
2月 ビリーは映画「Stigmata」のサウンドトラックの制作のためにスタジオに入る。 3月 プリンストン大学音楽史教授であるPeter Jefferyがバンドに対し、1997年のメロンコリーツアー時のショーの騒音の為、耳が聞こえなくなったと主張し訴訟を起こす。 しばらく表立った活動がなかった彼等であったが、ビリーは彼の父と古くからの友人であるチープ・トリックのRick Neilsenとともに、シカゴのMetroで「The First Waltz」というショーを行った。 また、地元のクラブthe Double Doorでジミーの復帰をサポートするためのショーを行うなどして、4月から始まるアメリカ国内のツアーに備えた。 4月 バンドのオフィシャルサイトが立ち上げられる。 4月24日 チャリティーショーによって得られた500万ドルの寄付をする。 これは1つの団体が寄付した額としてはもっとも多いものとなった。 6月 ニューアルバムのためレコーディングが始まる。今回のプロデューサーもFloodが手掛けることとなる。 7月14日 オフィシャルサイトでビリーとジェイムスとファンとのチャットが行われた。
9月 オフィシャルサイトへのハッキングやサーバーの問題によってサイトの運営が休止される。これは、この後発表されたダーシーの脱退によるトラブルをさける為という理由も考えられた。
10月10日 9ヵ月間のマネ−ジャ−探しの末、Sharon Osbourne(シャロン・オズボーン)がPumpkinsのマネージメントを引き継ぐこととなる。 10月30・31日 ビリー、ジェイムス、ジミーは障害児のための学校、Bridge School BenefitでNeil Youngが主催するチャリティーアコースティックライブに出演した。
12月20日 新しいベーシストのメリッサが加わり初めてのショーがシカゴMetroで行われる。 12月29日 翌年2000年1月7日のヨーロッパツアーに先駆けてアイルランドのダブリンでシークレットショーを行う。 ビリーは、翌年(2000年)2月にリリースされるニューアルバムのタイトルが『Machina/the Machines of God』になると発表したが、その新作の内容について多くを語ろうとはしなかった。 |