ビリー32歳頃


バンドはマネージャー不在のまま、休暇に入っていた。
新作のレコーディングの見通しもつかない状態であった。

1月5日
グラミー賞Best Alternative PerformanceにAdoreがノミネートされる。また、ビリーの手掛けたHoleの"Celebrity Skin"がBest Rock Songを受賞した。

1月11日 
ビリーの所有するAOLのアカウントがハッキングされる事件がおこり、ビリーの友人・知人に迷惑がかかるという事態に陥った。


     
 

1月15日 
ドラッグ事件のため解雇されていたジミーが「バンド復帰した」というニュースがRolling Stoneに掲載される。これについてバンドからの正式な発表はされなかったが、ジミーはその後の新作のレコーディングやツアーにも参加することになり、見事に復帰を果たした。

 
     

2月 
ビリーは映画「Stigmata」のサウンドトラックの制作のためにスタジオに入る。

3月 
プリンストン大学音楽史教授であるPeter Jefferyがバンドに対し、1997年のメロンコリーツアー時のショーの騒音の為、耳が聞こえなくなったと主張し訴訟を起こす。

しばらく表立った活動がなかった彼等であったが、ビリーは彼の父と古くからの友人であるチープ・トリックのRick Neilsenとともに、シカゴのMetroで「The First Waltz」というショーを行った。
また、地元のクラブthe Double Doorでジミーの復帰をサポートするためのショーを行うなどして、4月から始まるアメリカ国内のツアーに備えた。

4月 バンドのオフィシャルサイトが立ち上げられる。

4月24日 
チャリティーショーによって得られた500万ドルの寄付をする。
これは1つの団体が寄付した額としてはもっとも多いものとなった。

6月 
ニューアルバムのためレコーディングが始まる。今回のプロデューサーもFloodが手掛けることとなる。

7月14日 
オフィシャルサイトでビリーとジェイムスとファンとのチャットが行われた。

     
 

8月24日 
ビリーが全編サウンドを手掛けた映画「Stigmata」のサウンドトラックがリリースされる。

 
     

9月 
オフィシャルサイトへのハッキングやサーバーの問題によってサイトの運営が休止される。これは、この後発表されたダーシーの脱退によるトラブルをさける為という理由も考えられた。

     
 

9月9日 
ベーシストのダーシーが「女優という新しい分野で活動したい」という理由によりThe Smashing Pumpkinsを脱退する。

 
     

10月10日 
9ヵ月間のマネ−ジャ−探しの末、Sharon Osbourne(シャロン・オズボーン)がPumpkinsのマネージメントを引き継ぐこととなる。

10月30・31日 
ビリー、ジェイムス、ジミーは障害児のための学校、Bridge School BenefitでNeil Youngが主催するチャリティーアコースティックライブに出演した。

     
 

11月24日 
ダーシーのかわりのベーシストとしてメリッサ(当時28歳)が加入することが正式発表される。

 
     

12月20日 
新しいベーシストのメリッサが加わり初めてのショーがシカゴMetroで行われる。

12月29日 
翌年2000年1月7日のヨーロッパツアーに先駆けてアイルランドのダブリンでシークレットショーを行う。

ビリーは、翌年(2000年)2月にリリースされるニューアルバムのタイトルが『Machina/the Machines of God』になると発表したが、その新作の内容について多くを語ろうとはしなかった。




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