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ジミー復帰後の活動も順調、ニューアルバムのリリースも決定し、バンドの活動は順調に見えた。
3月7日 アメリカ国内ツアーがシアトルで終了。 3月17日 ビリー、33歳の誕生日を迎える。彼は、名曲"33"を作った頃からバンドの引き際について考えていたという。 4月8日 ワールドツアー"Sacred and Profane"がカンザスシティーから始まる。 4月28日 バンドの活動と今後の計画のためにと、オフィシャルサイトが復活する。 5月23日 ロサンゼルスでKROQのラジオインタヴューでスマッシング・パンプキンズの解散を発表。同日夜にはファンに対し、ステージ上からも解散を告げる。 6月20日 日本公演がスタート。横浜・仙台・広島・福岡・大阪・名古屋・東京にて最終日の7月2日のまでに計8公演が行われる。 7月22日 Peoriaで行われたプロレス団体ECW(Extreme Championship Wrestling)のショウにゲスト出演。リング上でパフォーマンス。 8月4日 カナダのSummersaultフェスに出演。 8月 ビリーは地元・シカゴのそれまで住んでいたビクトリア朝の家を売りに出す事になる。1993年にこの家を購入して以来、多くの名曲をここで産み出し、彼にとってとても意味のある家であったが、自分自身のパンプキンズとの決別の為、また、ファンに自宅を突き止められたこともあって、この家を離れることとなった。その後は拠点をNYに移した。(現在はシカゴに再び在住)
9月16日 ドイツ・ベルリンからヨーロッパツアーがスタート。
10月21日 ラストとなるアメリカ・シカゴでの2公演分のチケットが売り出される。徹夜組もあらわれ、発売開始から45分程でソールドアウト。プラチナチケットとなった。ファイナルショウのチケットにいたっては、約3,500円程のチケットが10万円という額で取り引きされたという。 11月7日 ダヴリン(アイルランド)にてヨーロッパツアー終了。 11月29日 シカゴのUnited Centerでショウを行う。この音源の一部はシカゴのラジオ局Q101で放送された。また、その放送内でパンプキンズのラストシングルとなるUntitledもオンエアされた。(正式リリースは解散後2001年11月)
Machinaの評価そしてバンドの解散。メディアからの情報の渦の中、ビリーは静かにスマッシング・パンプキンズを封印した。 |