●James Iha(ジェイムス・イハ) 
本名:James Yoshinobu Iha(ジェイムス・ヨシノブ・イハ)スマッシング・パンプキンズのギタリスト。1968年3月26日イリノイ州シカゴに生まれの日系3世。ビリーに初めて逢った1987年(当時20歳)彼はまだアート専攻の大学生だったが、バンド活動に打ち込む為に学校を中退した。パンプキンズの活動をする傍、1998年1月にはソロアルバム『Let It Come Down』をリリース。パンプキンズ解散後は日本のアーティスト・チャラのアルバムをプロデュースしたり、BEAMSのオリジナルファッションブランド"Vaiper"で洋服のデザインを手掛けるなど多岐に渡る活動を見せている。




●Jimmy Chamberlin(ジミー・チェンバーレン)
本名:同じ/1967年6月10日イリノイ州ジョリエ生まれ。スマッシング・パンプキンズのドラマー。父親はジャズのクラリネット奏者、兄はジャズドラマーという音楽一家で育った。8才でドラムを始め、大学卒業後はジャズバンドでドラムを叩きながら、大工をしていた。1988年に友人の紹介でビりーに出会い、 Smashing Pumpkinsに加入することになったが、1996年6月に起こしたドラッグ事件の為、バンドを解雇される。1999年にバンドに復帰。カーレースに興味があり、パンプキンズ解散後はレーサーになるという噂もあった。その後ビリーとともにZWANを立ち上げ、ZWAN解散後もビリーのサポートを勤めながらソロ活動も行っている。


●Joe Shanahan(ジョー・シャナサン) 
クラブ『Metro(メトロ)』のオーナー。The Smashing Pumpkinsを見い出した人間。彼に渡ったデモテープ(収録曲:"My Eternity", "Armed to the Teeth", "Screaming", "Bleed", "There It Goes"など)がきっかけで彼はパンプキンズを知り、自分のクラブに出演させることになった。


●Jonathan Melvoin(ジョナサン・メルビン)
1995年6月、メロンコリーのツアーキーボーディスととしてパンプキンズに参加。同ツア−中の1996年7月11日、マンハッタンのRegency Hotelでジミーと共にヘロインとアルコールを併用していた彼は、オーバードーズの為意識を失い、その後死亡した。(当時34歳)一緒にいたジミーはすぐさま逮捕された。後にビリー・コーガンはこう語っている。「この件については多くを語りたくない。彼はパンドと共に過ごした短い間に、いいことも悪いことも残していった。彼は僕らの友人であったがバンドに溶け込んでいなかった。 けれども、彼の存在はバンドの歴史から外せない存在となってしまった。」
また、ジョナサンの妹であるWendy Melvoinが、Lisa Colemanと共に、「GIRL BROS」という名義で故ジョナサンに捧げるアルバム『GIRL BROS』を1998年10月にリリース。アルバムには"Jonathan"というタイトルの曲も収録されている。彼女達はWENDY & LISAとして元プリンスのアルバムにも参加するなど積極的に音楽活動している。